春を待っている・2

「責任を取りなさい」がママの口癖だった。
お姉ちゃんが高校生の時だったかな。ママとパパが離婚してから、ママのお姉ちゃんに対する小言はいっそう増えた。
当時中学生だったわたしは、学校でいじめられていた。
お姉ちゃんはいつでもわたしの味方をしてくれたけど、一度だけ逃げてしまったことがあった。
それで普段温厚なパパまで「責任を取りなさい」と叱ったらしい。
らしい、というのは、お姉ちゃんがどんなやりかたで責任を取ったのか、わたしはずっと知らないままだからだ。
ただ、ママとパパが離婚した理由と関係しているってことだけは何となくわかった。
ママが仕事でいない間に、お姉ちゃんとパパの身に何かあったみたい。それでママが泣いて怒って、わたしたち家族は壊れていった。
「ねえ、それって…」
と、誰もいなくなったヨガスタジオの床にモップをかけていたミオさんが手を止めて言った。
「空花ちゃんは大丈夫だったの?何か怖い目にあったとか、ひどい目にあったとか」
ミオさんとお姉ちゃんは面識がある。お姉ちゃんもヨガの体験レッスンに来たことがあるのだ。
「わかんない。知らない。どうでもいいもん」
「薄情な子ねえ」
「だって、お姉ちゃんはパパに愛されてたから。そんなの、ずるい」
実際、お姉ちゃんは本当にパパに大事にされていた。クリスマスや誕生日のプレゼントなんて、わたしよりずっと豪華だった。
ママは平等に接してくれていたけど、パパは違った。
「天然の男たらしなの、お姉ちゃんは」
ぷう、と頬を膨らませてみせたわたしを、ミオさんが咎める。
「そんなこと言うものじゃないわよ」
「だって…」
「親の愛って、いつも正しいとは限らないの」
ミオさんは時々、わかるようなわからないような曖昧なことばをつかう。よく通る凛とした声のままで。
「今は元気にしてるのね?」
「お姉ちゃん?うん、彼氏できたし、またバイトも始めたし、元気だよ」
とは言ってみたものの、お姉ちゃんも掴みどころのないひとだ。元気があるのかもよくわからない。
前よりは笑うようになったけど、夜中にひとりで出かけて行って、翌朝泣き腫らした目で帰ってくることがある。
…今日も朝帰りのひどい顔でバイトに行ったけど、あれで占い師って務まるのかな?占い師、そんなに楽な仕事なのかなあ。
「彼氏ねえ…」
ミオさんが、珍しく心配そうに眉をひそめる。
「なんで?彼氏ができるのはいいことでしょ、普通」
「普通、…なのかしら。普通って案外難しいのよ」
「ミオさんまでお姉ちゃんの味方する?わたし、そろそろ拗ねちゃうかもよ」
そう言いながら、ちょっとお姉ちゃんが心配になってきた。すこしの不安があたまをかすめる。
もし、あのとき、パパとお姉ちゃんに何があったかしっかり聞いていたら。
ヒステリックなママをわたしが止めていたら。
今頃、何か変わっていたんだろうか。
「さ、そろそろ帰りなさい。もうカギ閉めるわよ」
ミオさんにそう促されて、わたしはしぶしぶ立ち上がった。